一人で暮らし始めてもう何年になるだろうか。学校を卒業しセキュリティに就職して、サテライトでルールに従わない奴らを追いかけては捕まえる、そんな日々の繰り返しもそこそこ満足していた。諸々の理由からシティの方へ戻って来て久し振りに訪れた自宅は埃塗れで未だ片付いていないが、生活出来ればどうということはない。こうやって朝食を作るのも慣れたものだ。
が、一人暮らしの筈の自分が現在作っている朝食はどういうわけか二人分である。
「――…こんなもんか。…おい!」
有り合わせの皿へ適当に盛りつけ、キッチンの扉の外へと声を掛けるが返答はない。またか、と心中で呟いて壁に掛かった時計を見遣れば既に時刻は8時半を回っている。付けっぱなしの換気扇だけ止めて、手にしていたフライ返しをフライパンへと投げるように置き廊下の先へ向かった。
借りているマンションの一階部分はガレージになっている。そこへ降りれば目に入るのは自分のD・ホイールと、その横に数日前から存在している一台の赤いD・ホイールだ。歩み寄って見ればそれは起動したままで、繋がれた配線が接続パネルから垂れ長く続いている。
「…ったく、またこんなところで寝やがって」
ガレージまで呼びに来てやった目的の人物――赤いD・ホイールの持ち主の青年は、その影で壁に背を預けパソコンを膝に抱えたまま眠っていた。スクリーンセーバーが作動しているところを見ると作業を止めてからそう時間は経っていないらしい。またこんな朝方まで調整に没頭していたのであろう、貸し与えた作業台に置かれた部品や工具がそれを物語る。
どうやらまた追われていたらしい元犯罪者の青年をシティの外れの路地裏で拾って数日、彼は逃走の途中で故障しかけたD・ホイールの修理に躍起になっていた。手当てしてやった無数の怪我も未だ完治していないというのに寝食も惜しんで作業する姿は必死と言った方が正しいかも知れない。
若干疲れた顔で眠る様子に何処か安堵を覚えながら、その頬に刻まれたマーカーを見遣る。以前は自分が捕らえようと追いかけていた青年を如何して匿う気になったのか――恐らくは、自分があの一件以来治安維持局という機関に何かキナ臭いものを感じているから、だろう。
「…今考えることじゃあねえな、」
自らに言い聞かせるよう呟いて、不毛な愚考を無理矢理終わらせる。
さてどうするか。未だ眠りに落ちたばかりだと思われる青年を起こして食事をさせるか、それとも。しかしあまりのんびりしていても折角作った朝食が冷めてしまうなと考え、一度起こして食事を摂らせることを選んだ。
「起きろ、飯だぞ」
肩を揺すって声を掛けてみる。――が、青年は一向に起きる気配がなく。揺り動かした緩い衝撃と青年が僅かに身動いだ所為で膝の上に乗っていたノートパソコンがずるりと落ちかけ、コンクリートの硬い床に衝突しそうになるのを焦って咄嗟に支えても青年は気付いてすらいないようで。此方の心中を知らない穏やかな吐息がすうすうと静寂に混ざって響く。
「…ったく、世話の焼ける」
呆れたように嘆息して、恐らくデータも途中のままだろうパソコンを青年の膝の上から作業台の上へと移し、開けっ放しだったモニターを閉じるに済ませる。微かに鳴っていたファンの音が止まるのを確認して眠ったままの青年を抱き上げ、階上へと戻るべくガレージに踵を返した。
呟いた声音は、我ながら呆れる程穏やかだったように、思う。
運命杯終わったらまた治安維持局とかセキュリティとすったもんだになって、
仲間を巻き込まない為に一人で逃げてぼろぼろになってたとこを
偶然牛尾さんに拾われました、とか。
何という厨展開