情報収集から帰ってくると、時刻は既に真夜中だった。
 消す必要の無くなった足音を立てながら、鬼柳は闇に染まった暗い地面を迷い無く進む。夜間はサテライト中のデュエルギャングの行動が活発になる時間帯。危険も増えるが、その分情報を得るには都合がいい。今のチームを結成するまで単独で行動していた分、闇と闇の間を縫うことには慣れていた。――今日の成果は上々。そうして手に入れた情報を頭の中で整理しながら、帰り着いたアジトの朽ちかけた建物の階段を上る。
 一緒に暮らしている子供たちは疾うに寝静まったらしく、上の階からの賑やかな声は聞こえてこない。仲間にも先に寝ていて構わないと言い残して出たので既に休んでいる頃だろう。当然のようにそう思っていたのだが、扉の無い戸口を潜った先の光景に鬼柳は目を見開いた。

「…遊星?」

 窓際(と言っても廃墟故にガラスはおろか窓枠も残っていない)の机、ひとりでぽつんと椅子に座る背中に思わず声を掛ける。それはシンとした静寂に必要以上に反響し空気を震わせたが、しかし相手から反応は返らない。それだけならよくあることだったのだが。

「未だ起きて…、…お、」

 四方八方に跳ねた黒髪が特徴的な少年は機械弄りが趣味で、作業に没頭していると反応が無いことが多い。返事が無いことに対し疑問は湧かないが、正面に稼働したままのパソコンがあるというのに彼は微動だにせず。傍まで行って覗き見れば、そこにあったのは椅子の背凭れに身を預けたまま眠る遊星の姿だった。
 あちゃあ、と、鬼柳は声には出さずに呟く。

「(昨日もずっとだったか…)」

 丁度24時間前の遊星の姿を思い出し、鬼柳はひっそりと溜息を吐いた。
 遊星の場合、夜を徹した作業というのは日常茶飯事のことだ。大抵がこの窓際の定位置に座り、度々限界が来てそのままうたた寝に入ってしまうのをこうして目撃することがある。同じチーム・サティスファクションのメンバーで遊星にとっては幼馴染みであるジャックもクロウも巻き込んで限界が来る前に休めとは言っているのだが、遊星は何処か無頓着というか自分のことに適当な部分があるというか、あまり聞き入れて貰えていないのが現状だ。これが終わったら休もうと思っていた、とか、申し訳無さそうな謝罪の言葉を聞くと本人には確かに反省の意があるのだが、如何せんそんな状態がずっと続いている(どうやら三人と鬼柳が出会う前からだったらしい)ためかジャック辺りは時々本気で叱りに出る程だった。
 けれども、遊星がそうして作業を続けるのはチームの、仲間の為で。

「(…頼ってる部分もあるからな、)」

 ふと視線を逸らせば、机上には先日の抗争で壊れてしまった直しかけの決闘盤と、使ってそのままの工具が置かれている。見慣れない部品があるのはまた新しい機能を開発していたからだろうか。自分たちの目的――サテライトを統一するという――に、彼の技術は最早必要不可欠となっていた。かつてはこのサテライトを一人で生き抜いて来た鬼柳とて知らず知らずのうちに頼ってしまっている。今更、遊星の作るシステムやプログラムが無いというのは考え難いことだ。
 ――それより何より、機械を弄っている遊星はデュエルをする時と同じくらい楽しそうなのだ。それをどうしてやめさせることが出来ようか。
 故に、リーダーである鬼柳が出来ることといえば。

「…遊星、」

 まだ幼さを残す寝顔は外から差し込むぼやけた月明かりを受けて闇に浮かび、うっすらと開かれた唇からは穏やかな吐息が零れる。普段は疲れたような素振りを見せないものの、少しだが隠し切ることの出来ない隈のある目元に鬼柳はそっと手を伸ばした。

「遊星」

 身を屈め、親指の腹でつう、と薄い隈をなぞる。静寂の中に少年の名前を響かせ、朔の夜のような黒髪に隠れた耳へ唇を寄せ、吐息を吹きかけるようにやわらかく囁いて覚醒を促す。

「遊星、起きろ」
「…ぅ…、ん…鬼柳…?」

 声に反応して、閉じられていた瞼の下からブルーサファイアの瞳が緩慢に顔を覗かせた。ぼんやりと上げられた視線が鬼柳の姿を捉え、ぱちぱちと何度か瞬いた後おかえり、と呟く。それからこれまたゆっくりと(寝惚けているのか)パソコンの画面へと向き直った遊星は僅かに目を見張った。この分だと眠りに落ちた記憶も無いのだろう。若干苦笑しながら、鬼柳は遊星の頭を撫でる。

「起こして悪いな。けど、そのままじゃ風邪引いちまうぞ」
「あぁ…すまない」

 少しぼーっとしていたら寝てしまったと、遊星は眠そうに目を擦りながら工具を片付け始める。流石に何度も言われているだけあって何を咎められているのかは理解したのだろう。だがやはり襲い来る睡魔から逃れきれないのか、手元が覚束無い様子は今にも折角手にした工具を取り落としたり工具箱をひっくり返したりしそうな勢いだ。
 …とか危惧していたら本当にドライバーを一本机の下に落とした。気付く動作も拾う動作もひどく緩慢で、横で手伝いつつ遊星の姿を眺めていた鬼柳ははぁ、と溜息を零して集めた螺子やパーツを机上に置く。現在覚醒と睡眠の狭間を彷徨っている遊星も含めたチームの全員に言えることだが、あまり気が長い方ではないのだ。

「あー、もう寝るぞ、寝る寝る!」
「え、」

 突然の言葉に驚いた様子の遊星から今し方拾ったばかりのドライバーをぶんどって工具箱に放り込み、寝起きで頭が働いていない所為か反応の遅い遊星の腕を取って廊下へと引っ張り出す。

「片付けは明日だ。オレも眠いし、そんな危なっかしいの見てられねえ」
「いや、鬼柳、待…」
「だめだ。ちゃんとしたところでちゃんと休め」
「わかっ、わかった、から…!」

 鬼柳は足元をふらつかせる遊星を連れて階段を更に上り、自分の部屋まで引っ張って行き寝台へと放り投げるようにして漸くその手を離した。眠気でバランスを取ることすら危うかった遊星は簡単に寝台の上へ投げ出され、足元の方に畳まれていた毛布を掴んだ鬼柳もそれを追って寝台へ身を乗り上げる。流石に驚きを露にする遊星ににまりと笑いかけると、ばふ、と毛布を引っ掛けつつ勢い良く遊星の横へ倒れ込んだ。衝撃に寝台が立てる軋んだ音が止むのを待たず、鬼柳はそのまま遊星の身体を両腕で抱き締める。

「ん、満足」
「…一緒に寝る必要は、無いんじゃ…」
「保険だ保険。さ、寝るぞ」

 渋りながらも遊星の目は若干とろんとしていて、つり目がちなそれも普段ほど鋭くない。寝ようと言って宥めるように頭を撫でてやれば直ぐに睡魔が戻って来たようで、瞼が降りて数分もしないうちに遊星は鬼柳の腕の中で再び寝息を立て始めた。これでよし、と、鬼柳は安堵の溜息を吐く。一人用の寝台に男二人、狭い上に毛布も一枚だがこうしてくっついていれば問題無い。
 腕の中、穏やかな表情で眠る存在に、鬼柳も安心して目を閉じた。
























何という糖分過多…