見つめた先の人影が動く。
ジャックが何時も通り――と言ってしまうと何だか癪だったが――遊星のアジトの三人掛けソファを一人で占拠していると、製作途中のD・ホイールを弄っていた遊星が突然徐に立ち上がりふらふらと覚束無い足取りで寄って来た。いきなりの行動を怪訝に思いながらジャックがその動作を目で追うと、がしがしとその盛大に跳ねた頭を掻き乱しながら眉間に皺を寄せる遊星は、そのままぼすんと盛大に埃を舞い上がらせてジャックの隣に座った。
珍しいな。見てわかるほど不機嫌そうな表情を浮かべ、何やら頻りにぶつぶつと小声で呟く遊星にジャックは心中でごちる。
「どうした」
「…詰まった」
「あぁ…」
案の定と言うべきか、どうやら彼の不機嫌は作業が一向に進まないことにあるらしい。遊星はジャックの隣で足も腕もだらしなく投げ出し、背と後頭部を背凭れに預けて目を閉じる。うー、と疲れたように低く呻く様子を見るに相当キているようだ。よく見れば目の下にはくっきりと隈が出来ている。ああこれは大分長いこと手子摺らされているな、と、横目で見遣る遊星をちょっとだけ可哀想に思う心が首を擡げて来た。
曲がりなりにも兄弟のように育った幼馴染みだ、ちょっとくらい慈悲の心を向けてやってもいいか、と。そう思いながらジャックは一度閉ざした口を開く。
「気分転換でもした方がいいんじゃないのか。デュエルするか?」
「そんな気分じゃない…」
「…じゃあ何だというのだ」
折角ジャックの方から申し出てやったというのに、遊星の気のない返事にジャックは眉根を寄せて不機嫌さを露にした。強めた語気でそれを感じ取ったのか、遊星は力のない瞳をジャックに向け、じーっと、上から順に見つめていく。
そして視線はジャックの太股辺りで止まり、一言。
「…膝、貸してくれ」
――ビシ、と、空気に亀裂が入る音がした。
「…寝る気か。キングを枕にする気か貴様」
「いいだろう、少しくらい…」
「よくない! その間ここに拘束されろというのか!」
たっぷり数十秒置いて返した言葉も遊星は気怠げに流してしまう。こうなると怒りの沸点の低いジャックの機嫌は悪い方へと傾くばかりだ。気紛れに慈悲の心なんて出したのがいけなかったのか。自分の行いを後悔しながら、ジャックは打って変わって遊星を責める態勢に入る。
しかしそんなジャックに、遊星はうらめしそうな視線を向けて。
「…どうせ暇なんだろ…」
「ぐ、」
遊星の低い呟きに、ジャックは言葉を詰まらせた。
暇ではない、断じて暇ではないのだ。ただ少し時間を持て余していただけだ。
時間を持て余しているから、ついでに周りの奴らが心配するほど不摂生ばかりしている幼馴染みの見張りでもしてやろうと、そう考えていただけで――ああもう、そんな目で見つめてくるんじゃない遊星!
「………ッくそ、好きにしろ!」
「…ありがとう」
根負けしたジャックに、遊星は漸く表情を綻ばせた。
「遊星ー? ゆーうせーい、居ねえのかー? 遊せ……お、」
久し振りに足を運んだ旧地下鉄跡。広げっぱなしの作業場に見当たらない姿を探してアジトを覗き込むと、信じられないようなものを見つけた。
クロウは周囲を確認しながらそろりそろりと足音を忍ばせて、三人掛けのソファを占領する二人に近付く。
「おー…よく寝てんなぁめっずらしい」
気難しそうな顔で目を閉じる幼馴染みと、誰も居ない方へ足を投げ出したこれも幼馴染み。後者が前者の膝の上に頭を乗せているというのが若干気になるところだが、手を伸ばせば届くような位置まで近付いても起きる気配が無く、二人とも本当によく眠っているらしい。
素直に驚きを露にしながら、膝の上の寝顔を見遣る。ああこれは二徹か三徹くらいした後の顔だ。だから作業場があの有様だったのかと、そう思いながら視線を上にずらせば造形の整った寝顔が若干顰められていた。そこで漸く納得する。
「……成程なぁ、そういうことか」
遊星の身体にかけられたジャックのコートを見て、何となくこの状態に至るまでの遣り取りが想像出来たクロウは一人、そっと呟いて苦笑した。
(ツンデレの)行き着く先にちいさな幸せ。