此処のところD・ホイールの製作が進まない。
 素材や部品が圧倒的に足りないのだ。基礎構造や設計は工場から溢れたジャンクの中で見つけた廃品のD・ホイールの利用と、セキュリティやネットワークへのハッキングで入手済み、完成の構図も頭の中には組み上がっている。けれどもそれに必要な材料を廃品やサテライトで手に入れられるパーツで賄うのには、やはり限界があるのだろうか。
 進まない作業に業を煮やした遊星は、気分転換にとストックのカードがしまってある箱を棚から引っ張り出す。今日は仲間たちも来ておらず、この家に居るのは遊星一人だった。デュエルの相手を頼める友も、此処数日姿を見ていない。
 ジャンクの中から拝借したタイヤを二つ重ね、その上にこれもまた廃品の金属板を乗せただけのテーブルに箱を置き、ベルトに通した二つのケースからデッキを取り出してその横に並べた。スタンディング・デュエルと、D・ホイールが完成した際のライディング・デュエルの為のデッキだ。
 ソファに腰を降ろし、箱の中のカードを机上に丁寧に広げた。それらとデッキの中を確認しながら、頭の中で戦略を組み上げていく。どうすればカードの力を最大限に引き出し、勝利に繋げてやれるか――。前の反省も活かして対抗し得る手段を考え、入れ替えるカードを決めてテーブルに広げた中の一枚に手を伸ばす。
 丁度その時、外から階段を下りる足音が聞こえ、程なくして二重に重なった影が床に射した。遊星がカードに落としていた視線を上げれば、そこに居たのは数日前に見たきりだった友の顔。

「ジャック、」

 突然の来訪に驚く遊星を、何時もの白いロングコートを身に纏ったジャックは何も言わず、憮然とした表情で見下ろしていた。その視線がゆっくりと遊星の手の中のデッキ、テーブルの上に広げられたカードへと移り、常であれば嫌味でも揶揄でも何かしら返ってくる筈の声が無いことに遊星は若干の戸惑いを覚えつつ次の言葉を紡ぐ。

「どうした」
「……」
「…ジャック?」

 変わらず無言のジャックに、問う声音が怪訝を含む。あまりの反応の無さに遊星が眉根を寄せるとジャックは手を軽く払い、遊星を三人掛けのソファの端へ行くように促した。
 何時もと異なるジャックの様子に行動の意図が読めない。追いやられ、座るなら幾らでも空いているだろうと思いながらも遊星が渋々その通りにすると、空いた位置にジャックはどさりと腰を降ろす。しかしそれだけに止まらず、更にその無駄に長い足もソファの上、遊星の居る方と反対の肘掛けへ乗った。
 つまり、頭は遊星の方に来るわけで。

「…何を、」
「動くな…」

 膝の上に頭を乗せ、完全にソファに寝そべったジャックから漸く放たれた言葉は、命令するような口調に似合わず覇気がなかった。閉じられた目の下には薄く隈があり、ジャックは疲れたように深く溜息を吐くとそれきりまた口を閉ざしてしまう。同時に身体の力を抜いたのが、ソファが重みに軋む音で伝わってきた。
 頭を遊星の膝に預け、長身をソファに横たえて。目を閉じ警戒を解いたということはまさかこの状態で寝るつもりなのか。そう思っているとジャックの手がコートのポケットを探り、何処で手に入れたのか真新しい部品を遊星の目の前に突き出した。
 ジャックの手にあるのは、中々手に入れられず困っていた部品。

「使えるか」
「いいのか?」

 思いも寄らなかった申し出に思わず訊き返すと、ジャックは愚問だとでも言わんばかりに薄く目を開けて遊星を睨んだ。
 これがあれば、D・ホイールはまた一歩完成に近付く。断る理由は無く、遊星はジャックの手から素直に部品を受け取った。

「それをやる。暫くこのまま寝かせろ」
「寝てないのか?」
「……」
「おい、ジャック…」

 問いには応えず、再び瞼を下ろしたジャックからは直ぐに静かな寝息が聞こえ始める。余程疲れていたのか、何度か呼んで長い鬢の毛を引っ張っても、一度眠りに落ちた彼はもう起きる気が無いようだった。これでは出された条件を呑むしか選択肢はない。
 オレに選択権はないのか、と、遊星は机上に広げたままのカードを眺め心中でごちる。断る気はないが、せめてカードを片付けるまで待っていてくれればよかったのに。はぁ、と溜息を吐いて、遊星はそうっと腕を伸ばしテーブルの上に受け取った部品を置いた。
 周囲にはジャックが現れる前の静寂が戻る。とは言え今日はジャックが来ても静かだったなとか、折角だからジャックが起きたらデュエルの相手をしてもらうかなどと、することの無くなった遊星は暇を持て余すように思考を巡らせた。そういえばこの数日ジャックは何をしていたのだろうか。あの部品をジャックは何処で手に入れて来て、何に使うつもりだったのだろうか。考えたところで本人しか知り得ない答えなど、出る筈も無いのだが。
 遊星は膝の上に視線を落とす。疲れた顔をしているが気持ち良さそうに眠るジャックを見ていると、自分まで眠りの世界に引き込まれるようだった。思えば昨日の夜も遅くまで作業をしていてあまり寝ていない。徐々に襲い来る睡魔に抗う利点も今は無く、遊星は重くなる瞼を素直に下ろした。


 ――それにしても、どうしてこいつは態々膝枕で寝ようなんて思ったのだろうか。
 疑問に思う思考は段々と、微睡みの中へ引き摺られていった。
























そして起きると立場が逆転しているというオチ…
半年くらい前の捧げ物でした