※にゃんこな京遊でにゃんにゃんにゃん!(遅刻乙
しっぽふぇら…とでも言うのかこれは えろではない
















 ぱたん、ぱたん。
 軽いものを打ち合わせるような音が先程から耳を衝く。定まらない間隔で鳴るその発信源は、まるで自分のものとでも言わんばかりに寝床を占有する一匹の黒猫だった。隣で横になっているそれはくるりと自身を抱え込むように身体を丸め、一緒に抱えた毛布に顔を半分埋め何処とも知れない空間に視線を漂わせている。僅かに身じろぐだけでも軋むベッドの端に追いやられた鬼柳は、大人しく腰を掛け近隣地区の地図を眺めながらシルバーブルーの耳だけを向けてその様子を窺っていた。――真昼間のチームのアジトにふたりきり。他の二匹は所用で朝から外出中だ。
 これといって他人の機微には疎くも聡くもないが、見たところ黒猫は機嫌が良いとか悪いとか、そういうわけではないようだった。普段から表情の少ない彼は決して感情表現が無いということはない。彼の喜怒哀楽は言葉と表情が教えてくれるのではなく、口よりも雄弁にものを語るブルーサファイアの双眸と黒く艶やかな毛並みの耳と尾が、表情筋を動かすよりも鮮やかに感情を表してくれるのだということを鬼柳はよく知っている。では彼は一体何をしているのか、何がしたいのか。
 ふらふらと彷徨う視線、振られる尻尾――恐らく、黒猫はただ単にぼーっとしていた。しかしそうしていながら、すらりとしなやかに伸びたしっぽは粗末な寝台をぱたりぱたりと叩いて止まない。

「……なあ遊星」
「、ん…?」

 ぱたん、と何度目かの音に重ねるように声をかけると、毛布に埋まる所為でややくぐもった声が返された。それでも尻尾の動きは止まらず、またぱしりと粗末なマットを叩く様子に苦笑を禁じ得ない。
 鬼柳は読んでいた地図を足元に落とし、気のない返事を返す遊星に向き直る。見上げてくるサファイアに視線を合わせれば、それは不思議そうに瞬いて。

「そこ、オレのベッドなんだけど」
「ああ」
「んじゃあ、どうしてオレはこんな端っこにいなきゃならねーんだ?」
「……? …何でだろうな」
「おいおい、しっかりしてくれよ」

 コレも、と。寝転んだまま首を傾げる遊星に少しのお咎めを含ませて言いながら、鬼柳は腕を伸ばして未だぱたぱたと動く尻尾の先を捕まえた。掴まれた拍子に一瞬びくりと耳まで震わせた遊星は、非難を込めた青い視線をじとりと鬼柳に向ける。

「…何するんだ」
「先刻から気になって仕方ねえ」
「……、そんなに、動いてたか…?」

 指摘され初めて気付いたと言わんばかりの返答。――やはりというべきか、どうやら彼の行動は無意識のうちに起きていたらしい。
 自覚のない遊星に呆れながら、鬼柳は自分の尻尾で遊星の頬を撫でてやりつつ真っ黒でさらさらとした毛並の尻尾を手元まで引き寄せた。大人しく撫でられる遊星は少し擽ったそうに目を細めている。

「あーあ、ホコリまみれにしちまって」
「そのくらい、平気だ」
「あのなぁ、クロウやオレならまだしもお前は黒くて目立つんだから…ああほら、」

 遊星の細くしなやかな尾は、碌に掃除の手が回っていないマットを叩いていた所為で先の方から所々埃に塗れ、若干灰色になりかけていた。ああこれでは折角の艶やかな漆黒が台無しだ。鬼柳ははぁと溜息を吐いて、ぱたぱたと手で埃を払ってみるがあまり効果は見られず更に溜息を零す。本人は気にしていないようだが、自分のことにやや無頓着なきらいがある彼の意見は当てにならない。
 ――鬼柳は遊星の混じり気のない黒が好きだった。暗闇よりも綺麗なその色が大のお気に入りで、同時に遊星自身も鬼柳のお気に入りである。全体的に細いラインを描く肢体。漆黒に稲妻を走らせたような一部だけ金色の、けれどもそれ以外は純粋な黒の、触り心地のよい毛並。勿論、あの大きな青の瞳も。遊星を構成する要素の全てを、鬼柳は甚く気に入っているのだ。
 それが汚れるなんて――目の前の現状に不満を覚えた鬼柳は、引き寄せた遊星の尻尾に躊躇なく唇を寄せた。

「! 鬼柳!?」

 頬を撫でる鬼柳の尾に意識を向けていた遊星は、自分のそれに起きた違和感に気付くなり飛び起きるようにして身を翻らせた。お気に入りの青い瞳が大きく見開かれているのを視界の端に捉えるが、逃げようとする尻尾を放したりはしない。驚く遊星の声が飛ぶのも構わず、鬼柳は舌を出して尾についた汚れを拭うように舐め上げた。
 ぞろり、ざらざらとした舌が這う感覚に、遊星の背筋を悪寒が駆け抜ける。

「っきりゅ、う、やめ! やめろ…っ!」
「んー…こら、あばれるな遊星。綺麗にしてやるからじっとしてろ…」
「や、ッ待、…くすぐったい…!」

 綺麗になんかならなくていいと頻りに首を横に振る遊星を無視して、鬼柳は汚れてしまった尻尾を舐め続けた。仲間同士の毛繕いなどスキンシップの一環だ。それでお気に入りの遊星が綺麗になり胸中の不満が解消されるなら躊躇う理由など微塵もない。そう思えば曲がった機嫌が元通りを通り越して良い方に傾いた鬼柳はぺろりぺろりと舌での毛繕いを続ける。そのうちにいっそ全身隈無くやってやりたいなどと考え始めた鬼柳の行動は、しかし遊星にしてみれば堪ったものではなかった。
 ぞくぞくと、尻尾――鬼柳の舌が舐めているところから這い上がってくる感覚に自分の顔が熱くなっていくのを感じて、遊星は泣きそうな声で懇願する。

「鬼柳っ! や、やめてくれ、たのむから…っ!」
「だーめ、綺麗になるまで大人しくしてろ」
「そんな…!」

 非情とも言える鬼柳の言葉に、遊星は真っ赤になった顔を隠そうと毛布に倒れ込んだ。反射も意識もごちゃごちゃになりながら兎に角放してほしい、その一心で逃れようとしても尻尾は鬼柳がしっかりと押さえてしまっている。沸き上がる羞恥とこの得も言われぬ感覚から逃れたいのに止めてくれる気配が無い。それどころか舐め上げる感触に混じって、硬いものに柔く食まれる。

「ッひ…!」
「あ、痛かったか? 悪ぃな」

 噛まれた、と遊星の脳に状況が届いたのは一層びくりと身体が跳ねた後だった。痛くはない、だが背筋を電撃のように走り抜けた感覚に流石の遊星も危機感を覚える。下手をすれば変な声が上がりそうになるのを堪えながら、あまり悪びれていないように聞こえる声に非難を込めて睨み付けた――が。ひとり必死なその視線に返されたのは、何処か含みのある笑みで。
 一方で毛繕いに悦すら見出している鬼柳は、そんな遊星に気付いていながら解放しようという気を起こすことは無かった。毛布に半分埋まりながらやめてくれという明確な意思を篭めて睨むブルーサファイアに笑みを返し、刺激に毛並を逆立たせる尻尾を宥めるように撫でてやる。あぐあぐと甘噛みしてやれば遊星は息を呑んで毛布を握り締め、そろりと付け根の方まで指でなぞればびくんと跳ねて、ベッドに押し付けるようにして顔を隠してしまう。シルバーブルーの耳に時折ちいさく制止を求める声が届くが、それでもやめることはしない。自分の不満の解消もそうだが、何より遊星のためだ。――少々のお咎めも含めて、だが。
 何故だか己のベッドを占領する遊星。無意識に振られる尻尾。それが意味するところは――。

「ん、――よし、おしまい!」

 ぺろりと最後に自分の唇をひと舐めして、鬼柳は漸く遊星の尻尾を解放してやった。先刻までの勢いをすっかり失くしてしまったそれはへたりとベッドの上に落ちる。しかし解放されても尚、遊星は耳をぺったりと後ろに倒し、毛布に埋もれたまま震えていて。

「っ…う、…」
「…どした?」
「…やめろ、って、言った、…」
「あー……悪い、すまん、悪かった! この通り!」

 真っ赤に染まった顔を恨めしそうに覗かせた遊星に、流石にやりすぎたかと反省する。ぱん、と顔の前で手を合わせて謝れば、遊星はふいと顔を逸らして一度だけ尻尾をぱたりと揺らした。御機嫌ナナメ、といったところだろうか。

「遊星ぇー、悪かったって」
「うるさい…っ」

 ごろりと今度は身体ごとそっぽを向かれてしまう。ぱたり、ぱたりと揺れる尻尾。ああそんなことしたらまた汚れるだろう、折角綺麗にしたのに……自覚が無いのも全く以て困り者だと、鬼柳は心中で嘆息した。
 そろりと音を忍ばせて遊星に覆い被さり、まだ倒れたままの耳元で口を開く。

「――でもよ、構って欲しかったんだろ?」
「ッ、」

 びく、と吐息を吹きかけられた耳が震えた。ブルーサファイアの双眸が、警戒心を露に此方を向く。

「……誰が、」
「つまらねえ、って、言ってたじゃねーか」

 こいつが、と。
 埃塗れの状態からすっかり綺麗になった尻尾を示してやれば、遊星はカッと顔を赤くして、へたれていた尻尾が勢いよく飛んできた。べしりと鬼柳を叩くのを甘んじて受け、羞恥に頬を染める遊星ににやりと意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

「お前の尻尾はよく喋るなぁ」
「っ…!」
「でもダメだぜ? ちゃあんとここで言わねーと」

 きゅっと引き結ばれた小さな唇を指先でなぞる。すらりと伸びるシルバーブルーを艶やかな黒に絡ませ、揺れる青い瞳を見つめながら甘く告げれば、やはり言葉よりも素直な尻尾の方が先に答えを示して来た。ばつが悪そうに目を逸らすのとは対象に、黒い尾が鬼柳のそれに応えて絡む。
 無意識の行動の理由を漸く自覚した遊星は、二、三度視線を彷徨わせ、躊躇いがちにその口を動かして。

「……邪魔、を、」
「ん?」
「したら、悪いと…思った」

 おずおずと呟かれた言葉。――本当は構って欲しいのに気を遣ったという遊星の明確な返答に、鬼柳は満面の笑みを返して、覆い被さったまま思い切り抱き締めてやった。

「――ばぁか、邪魔なわけがあるかよ!」


 これだからこの黒猫は、愛おしくてたまらない!
























H22.2.22…になる筈だったもの