強い力で腕を掴まれたのと強引に引き寄せられたのは、殆ど同時だった。

「う、わ」

 わけがわからないまま身体は力のかかる方向に倒れ、次の瞬間には広い胸板に顔面をぶつける。起き抜けでぼんやりしていたこともあってか、突然の事態に思わず声を上げてしまった。
 それから数秒の間を置いて、どうしてか突然抱き締められたのだと気付く。

「……何、を」
「ん?」

 問いに返される声はやけに上機嫌だった。まともな返答はなく、笑うようなそれに少しだけ顔を顰める。
 情を交わした後の朝は互いに何も身に付けていない。触れ合う素肌は昨夜の名残か少し汗ばんでいて、胸に押し当てることになった耳には落ち着いた鼓動の音が届いていた。髪を梳いてくるやさしい手付きも相まって絆されそうになるが、それを堪えて言葉を続ける。

「着替えようと、思ったんだが」
「もうか?」
「もう、って……みんな起きてくるだろう」

 抱き締められたままちらりと机上の目覚まし時計に目を遣れば、デジタル表示のそれは午前5時を示そうとしていた。屋根窓から見える空も明らんできていて、ジャックは兎も角仕事があるクロウはそろそろ起きてきてもおかしくない。
 親友二人に黙って――主に彼の正体だとか、何時しか身体を繋げるまでの関係になったことだとか――ひっそりと逢瀬を繰り返すには、彼らが起きてくる前に記憶喪失の青年ブルーノと不動遊星という何時もと変わらぬ姿でいなければならない。それはお互いに理解している筈なのだが。
 一向に放そうとしない彼に業を煮やし、胸板を押し返して離れようとする――が、それよりも早く身体に回った彼の手に、強い力でぐっと腰を引き寄せられた。
 ――まさか、と思った時にはもう、遅かったのかも知れない。

「っ、ブルーノ! おい……っ」
「遊星」

 低い、声。確かに意味を持って呼ばれた名前は、逃げることはもう出来ないことを告げるようで。

「――……私はまだ足りないのだが」
「ッ……!」

 熱を纏った言葉が吐息と共に耳に注がれる。とんでもないことを言われている筈なのに、情事の名残を残す身体はその熱を思い出したようにびくりと反応を返してしまった。
 腰を抱く手はそのままに、もう一方の手で背中をねっとりと撫でられぞわぞわと肌が粟立つ。必死に堪えるが、それすら見透かしたような笑いを落とされカッと顔が熱くなった。

「君が嫌ならしない。……が、どうする? 遊星」
「っ……そん、な……」

 決定権だけはくれるらしい彼は相変わらず上機嫌で、それなのにこちらを煽るような、あからさまな手付きで触れてくる。その所為でぞわりぞわりと迫り来る熱の波に耐えていることなどお見通しだろうに、だ。表情は見えないが、きっと顔を上げれば何時もの不敵な笑みを浮かべているのだろう。
 ――逃がす気など端から無いことを滲ませながらこちらに選ぶ権利を与えてくる彼は、それはそれは意地が悪い。

「……に、すれば、」
「うん?」
「好きに、すればいい……だろ、っ」

 もう観念するしかないのだろう。燃え上がらせるような触れ方をされては、一度静まっただけの熱はすぐに勢いを取り戻す。せめてもの抵抗だとぶっきらぼうに言い捨てて身体を預ければ、落とされたのはやはり笑うような吐息だった。
 すぐに顎を掴んで上向かされ、彼の端正な顔が近付いてくるのを大人しく受け入れる。二人にバレてしまったらどう説明するか……そんなことを考える思考もすぐに蕩けさせられてしまうのだろう。

 ――口付けの前に見た彼の顔は、とても幸せそうな笑みを浮かべていた。
























お兄さんはもっと頑張るべき(`・ω・´)

※BGM:クラク/ション・ラ/ヴ@風/味堂