※57話のクロウさん側を補完してみるテスト
 捏造強めなので本編の神展開を壊したくない方は逃げて超逃げて


















 そのとき俺は、心の底から翼が欲しいと思った。
 親を亡くし、荒れ果てたサテライトで生きてきて、何処へでも自由に飛んで行ける翼があったならと思うことは何度もあった。大好きな鳥のように、飛ぶことが出来たら。
 それはあの閉鎖された世界からの脱出を、解放を求めるもので、誰かの元へ飛んで行きたいと思うものではなかったけれど。





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 今は死んでいる筈の旧モーメントの奥底から光が沸き上がっていた。
 治安維持局長官――レクス・ゴドウィンとの意図せぬ邂逅を経て、崩壊したMIDS研究所の中心部に辿り着いたクロウは、上層へと続く階段をひたすら駆け上がっていた。踊り場の壁に開いた、嵌っていたガラスの跡形も無い窓から見上げた遥か上方には、デュエルが行われていることを示すソリッドビジョンの姿がある。下層からでもわかる、天井に開いた穴を塞ぐほど巨大な、黒い体に赤い文様の蜘蛛――恐らく、地縛神。
 牛尾とかいうセキュリティの男を操り接触して来たダークシグナーは、遊星を名指しで誘い出してきた。ならば十中八九、いや、ほぼ確実に、戦っているのは遊星だ。
 崩壊の中心地でエレベーターなんぞが動いている筈も無い。此処が研究所として機能していた折は非常階段であったと思しきそれを、一段も二段も飛ばして駆け上がった。長い長いそれを忌々しく思いながら、階をひとつ上がる毎にデュエルの様子を確認する。それが明確に視認出来るようになるにつれ、全速力で駆け上がり続けた足が動かなくなる――先のデュエルで負った怪我が響いているようだった。息が上がり、強打した胸が激痛を訴えることに舌打ちする。

「畜生が……ッ、」

 吐き捨て、限界だと泣き言を言う足を叱咤して、吹き飛ばされたガラスの破片を踏み砕きながら階上へ急ぐ。早く遊星の元へ、と、そう思うのに比例するように――否、クロウが駆け上がるよりもずっと早く、デュエルは切迫していった。
 ――あの遊星に限って負けることはないと信じている。だが出来ることなら、傍で見守りたいという思いがクロウにはあった。この戦いの直前、数時間も経たないつい先程、掛け替えのない友を亡くしたばかりの親友を案ずる気持ちが。デュエルが終わり、何時もと変わらぬ様子で拳を合わせた彼だったが、涙の跡だけは隠し切れていなかった。
 何時だってそうだ。運命は前へ進むことを強要する。悲しむ時間すら与えてはくれない。そんな運命なんざくそくらえだと、この戦いに身を投じてからずっとクロウは思っていた。
 ダンッ、と最後の一段を上り、痛む胸を押さえて呼吸を繰り返す。しかし立ち止まってはいられない。未だ上へ上へと続く階段と、モーメントの周囲をぐるりと囲む廊下を見比べる。――これ以上上がるのは無理だ、ならばもっと、遊星の近くに――。
 そう考え再び足を踏み出そうとした瞬間、眩いばかりのモーメントの光に混ざり、別の光の瞬きを窓の向こうに捉えた。

「――ッ、あれは……!」

 最早壁にぽっかりと開いた穴としか言えないような窓に駆け寄り身を乗り出す。吊り橋の上、傷だらけになりながら決闘盤を構える遊星の、その傍で煌めいたのは星屑――スターダスト・ドラゴンだった。それは遊星の発動したカードの効果で二つに分かれ、一瞬の輝きを放ち、一体が姿を消す。次いで見えた爆発は、スターダストの効果の発動を示していた。
 張り上げられた遊星の声が響く。攻撃の宣言、しかし返される罠。引かれるように舞い上がった星屑は、地縛神へと突進して行く。

「ッ……遊星!!」

 乱れた呼吸で噎せ返りそうになりながら呼んだ名は、衝撃と爆音に掻き消されてしまった。居ても立ってもいられず暗い廊下を駆け抜け、立ちこめる煙の中に目を凝らす。走りながら何度も彼のことを呼ぶ。しかし彼らの元までもう少しだというのに、続く廊下はきっと17年前から降りたままなのだろう分厚い隔壁に阻まれてしまっていた。遠回りをしている暇などない――思い切り毒づいて、転びそうになりながら最も近い窓へ走る。
 頼む、無事で――!

「――……!!」

 そこで見たのは、自らの心の内を叫ぶ友の姿だった。
 17年前にこの地を襲った大災害。多くの人々の命を奪い、街を崩壊させ、シティとサテライトを分断させ。クロウや友の両親を奪い、多くの負の連鎖を引き起こした元凶――自分の父親の研究が元で起きた、もの。
 慟哭にも似た叫びは深く高い旧モーメントに反響していた。その奥底から沸き上がる光の中にきらめく、星屑のような――涙。

 ――少し考えればわかることだった。
 あの遊星が、あんなにもやさしい彼が、気にしない筈がないのに――。

「……ぇ……、」

 思わず零した言葉は殆ど音にならなかった。息が詰まる。喉が、声が震えて意味を成さない。泣きたかった。泣き出してしまいたかった。
 どうして自分は気付かなかったのだろう。どうして気付いてやれなかったのだろう。大切な友が、大事な大事な親友が、こんなにも重く大きなものを隠していたことに。

「……違ぇよ、遊星……!!」

 抱き締めてやりたかった。今すぐあの場所へ駆け上がって、涙を流す親友をきつくきつく抱き締めてやりたかった。あの悲痛な叫びを遮って、それは違うと言いたかった。違うんだと言ってやりたかった。――違う、違うんだ、俺はそんなこと思っちゃいない、それはお前の所為じゃない!
 なのに叫ぼうとする喉から声は出ない。手も足も凍りついてしまったかのように動かなくて、ただただ首を左右に振るしか出来なかった。彼の傍へ行くには遠すぎて、どうにも出来ない距離が自分と友を隔てている。

「……っんでだよ!! なんで、ッ……なんでだ……!!」

 ――何故。どうして自分には翼が無いのだろう。かつて何度も繰り返したそれをもう一度繰り返す。
 今すぐ、今すぐ彼の元へ行きたいのに、今すぐあいつを抱き締めたいのに! こんな時になっても俺は、飛べないドブネズミのままか――!

「――答えろ…!!」
「……!!」

 届いたのは、求める声だった。怒りと悲しみを含んだそれはとても苦しそうで、その言葉にはっとして顔を上げた。
 彼は漸く助けを求めたのだ。ずっと独りで抱えていた、抱え切れなくなった闇から救い出してほしいと。導けない答えを教えて欲しいと。

「(……そうだ、)」

 何を迷う必要があるのか。自分がやるべきことはひとつだった。自分の言葉では救いにはならないかも知れない。気休めにしかならないかも知れない。それでも今ここで伝えなければ、彼はずっと自らの闇から抜け出せず苦しむのだ。
 震える拳をぐっと握り締め、クロウは毅然として遊星を見る。遠い、けれども届かせる、絶対に。
 そうだ――翼がなくても、抱き締めてやれなくても、想いを届けることは出来る……!!


「――それはオレが答えるぜ、遊星……!!」
























神回すぎて何度でも泣く