シュヴァルツシルトで見る夢は












 グローブをした指先が、薄らと傷が走る頬にそっと触れた。愛機の破片が掠めて出来たそれ。傷自体は浅くもう出血も止まっているが、なぞればまだぴりりと引き攣れるような違和感が残っている。

「痛いか」
「少しだけだ。……大丈夫だよ」

 ただの擦り傷だというのに、彼はその青い瞳にめいっぱいの心配を浮かべていた。大袈裟だと黒い髪を撫ぜてやれば少し眉根を寄せて、けれどもこちらが笑いかければ同じように目を細めてくれる。そんな彼がとても愛しい。
 彼とこうして笑いあえることが、とてもしあわせだった。あたたかく己の心を満たすそれ。笑顔だけではない、記憶を無くして空っぽだった自分、正体を隠して彼に近付いた自分、敵として彼の前に立ち塞がった自分それぞれに向けられたどの表情もとても大切で、思い出せば自然と笑みが浮かんでしまう。無愛想だなどと言っていたが、そんなことはないだろうと言えば彼はどんな顔をするだろうか。

「ブルーノ、」
「、うん……?」

 思考に浸っていた意識を聞き慣れた声が引き戻す。一度浮かべた笑顔は消え、彼は先程のように浮かない顔でこちらを見上げていた。

「どうした、」
「ブルーノ」

 己の名前を呼ぶそれに、つきりと、締め付けられるような感覚がした。気のせいかと思うがそうではない。
 苦しい、そう感じて胸にあてた己の手に、気遣うように重なる手。

「遊せ、」
「ブルーノ」

 痛いのかと問う彼に大丈夫だと返そうとして、気付く。ああ、そうか――心中で呟いた言葉はすっと心へ落ちた。自覚すれば苦しさは徐々に痛みを増して、ずきり、ずきりと胸を刺す。
 可笑しな話だ。己はこうなることを望んでいた筈、消えることも怖くない。自分は滅びの歴史の先で生まれた存在。自分が消えてこそ、彼らの未来は救われる――そこに後悔は、無い。
 跳ねた黒髪をくしゃりと撫でて、憂いに染まった彼をそっと抱き締める。泣いていたら、どうしよう。こうして抱き締めることは、最早叶わないのに。

「……また、笑ってくれ。……僕は、その方が、好きだな……」

 遠く呟いた言葉に、腕に抱いたまぼろしがゆっくりと頷く。それだけで十分だった。
 まぼろしでも、己の記憶には鮮明に鮮明に、彼の存在が刻み込まれている。

「……遊星」

 ――遊星、ゆうせい。不動遊星。僕の希望。とてもいとおしくて、かけがえのない。
 彼の無限の可能性を、奇跡を起こすその存在を。
 愛しく、そしてとても誇らしく、思う。

「ありがとう、」

 この腕の中の彼は霧散しない。ああ、まだ僕は夢を見ていられるんだ。
 僕が消える、最期のその一瞬まで。

「ありがとう――」

 あふれる涙をそのままに、希望の星を抱いて――僕は、眠る。