でるたにゃんにゃんしんくろ!












 ゆらりゆらり、視界で二本の尾が揺れる。すらりと真っ直ぐに伸ばされたそれはどちらも同じ色。持ち主である双子の兄弟猫は、今現在己の身体にくっついている。

「……おい、ふたりとも」
「どうした?」
「なんだい? 遊星」

 いつものクールな表情のままきょとんとしているのが兄、楽しげにきらきらと瞳を輝かせているのが弟で、名はどちらも“ブルーノ”と言った。鮮やかな青の毛並は両者とも寸分の違いなくそっくりで、少し丸い形の耳や太めの尻尾の長さまで同じな辺りは流石双子といったところだろう。性格は多少――冷静な兄と天真爛漫な弟といったように――違うものの、その行動を見る限りどうやら根っこの部分はそっくりらしい。狭いベッドの上で、左手側から弟のブルーノが、右手後方からは兄のブルーノがぴったりと抱きついていて、頬を擦り寄せたり首筋に顔を埋めたり、やりたい放題だった。
 同じ猫なのに己よりもだいぶ体格のいい雄猫二匹。そんなのに纏わりつかれては、小柄なこちらの身動きが取れなくなるのは当然だ。

「その、動けないんだが」
「今動く必要はないだろう?」
「……」

 右耳に近い位置できっぱりと言い切られる。言外に離れてくれという意思をこめたつもりだが、どうにも効果はないようだった。
 どうしてこんなことになっているかなど訊かないでほしい。これが日常茶飯事のことである今となっては問うだけ無駄なのだ。原因はといえば、どうやら最初にやられた時に許容してしまったことで、こうするのは許されていると思っているらしいのだが。かといって拒めば弟の方はひどく落ち込んでしまうし、兄の方には今のようにちょっとやそっとの抵抗は全く以て意味がないので、体格で劣り力で逃れられない己は大人しくされるがままになるしかなかった。はあ、と溜息を零すのと一緒に、細い尻尾も力無く項垂れてしまう。
 ぎゅっと抱き締められ、大きな体躯の全身で好意を寄せられる――それは決して嫌ではない。嫌なわけでは、ないのだが。

「遊星……何かあった?」
「何、って」

 思考に浸っているのに気付いたのか、弟猫の深い灰の双眸が不思議そうにこちらの顔を覗き込んでいた。彼の言葉の意味が汲めずに問い返すと、虚無を見つめるような独特の瞳は穏やかに微笑んで。

「さっきからずっと動いてるよ」
「え、」

 何がと再び問うよりも早く弟が動く。上へと身体を伸ばした彼を目線で追い切る直前、頭部から背筋を走り抜けた衝撃に、びくんと思い切り身体が震えた。

「ッ――!?」
「あ、……驚かせたかな」

 若干ばつの悪そうな声に数瞬遅れて、ブルーノに噛まれたのだと認識する。思わず頭――そこにある両耳を庇いそうになるが、咄嗟に動かそうとした腕は身体ごと一緒にしっかりと抱き締められていた。持ち上げたそれは肘のところで二匹分のたくましい腕に引っかかり、それ以上上へ伸ばすことは出来ず。
 抵抗がない、もといこちらが抵抗出来ないのをいいことに、ブルーノは反射的に逃げようとする左の耳へ尚もかぷりと歯を立て、ざらつく舌を中まで挿し入れたかと思えば外側へ向けてぞろりと舐め上げる。更にはピンと尖った先を口に含み――そのまま強く吸われてはもう、たまらなかった。

「っあ、ま、待て、ブルーノやめ……ッ!」
「ん……だってずっと動いてるからさ、気になるだろう?」
「そん……別に俺は、ぁッ……!?」

 付け根の辺りをやわく食まれたかと思えば次は縁を舌でなぞられる。腕の中でびくりと跳ねる身体も体重をかけられて軋むベッドも意に介さないブルーノは、まるで揺れる狗尾草[エノコログサ]にでも無邪気にじゃれついているかのようだ。ちゅ、と小さく立った口付けの音が、すぐ傍でダイレクトに響く。
 俺の耳は玩具じゃない、と背筋を震わせる刺激に耐え兼ね反論しようとするが、刹那意図しない箇所を襲った別の刺激に思わず総毛立った。驚いてその方向――右側を振り向けば、黒い尾をその手に掴んで意地の悪い笑みを浮かべる兄と、目が合う。

「こちらも、随分と落ち着きがないようだな」
「や、ッ……しっぽ、は……!」

 しまったと思うが既に遅い。弟の方にばかり気をとられ、その反対側でにやりと笑う気配に気付かなかったのだ。己の尻尾は文字通り兄ブルーノの手中にあり、機嫌良さそうに口角を上げるその表情にさっと血の気が引く。鋭い視線は怯えるこちらをじっと見つめていて、じりじりと迫りくる嫌な予感に次は何をされるのかとただただ身構えることしか出来なかった。片腕は相変わらずこちらの身体を抱いたままでどうやっても逃げられず、大きな手でやわやわと弄ばれる尻尾はぶわりと毛を逆立てたまま、ぴく、ぴくんと自分の意思に関係無く跳ねる。
 見つめあったまま固まるこちらと余裕そうな兄との間で膠着状態が続いて、不意に弟と同じ深い灰色の瞳が視界から消えた。代わりに青い尻尾がゆらりと揺れるのを彼の背後に捉えた瞬間、ふ、と右耳のすぐ傍で笑う吐息。

「耳も尻尾も先程からそわそわと……そんなに私たちが気になるのか?」
「ッひ、にゃ……!」

 囁いたそのまま、かぷ、と唯一無事だった右耳を軽く噛まれる。同時に尾の根元辺りを強めに握られて思わず変な声を上げてしまった。
 種の鳴き声に――本能からくるものに近いそれに驚いたのは他ならぬ自分だ。慌てて口を押さえるが、そろりと見上げた表情はどう見ても、聞いていた顔、で。

「っ……ブル、」
「気持ちいいのか……? そんな声を出して」
「ち、違……! ぁ、にゃ、っん!」

 耳元で囁き、輪のようにした手でするりと尻尾を撫でられる。触れるか触れないか微妙なラインのそれはぞくりと背を撓らせ、慌てて否定しようとした口からは別の声が漏れてしまう。耳も尻尾もふるふると震え、紅潮しているであろう顔が熱い。そんな己をいじめる兄猫は耳元で小さく笑って、その低い吐息がかかるだけでびくびく反応してしまう耳に齧り付いた。やめてくれ、そう言ってもはぐらかしの微笑が返るだけで。
 ――気になるに決まっているじゃないか。こんな風に抱き締められて、いつもいつも気恥ずかしくてたまらないのに、平常心でいろという方が無理な話だ。とうの昔に心臓は煩く鳴り響いて、顔は熱く火照ったまま、毛も逆立って戻らない。どれもこれも全部この二匹のせいだというのに!
 そんなこちらの心中を知ってか知らずか――気付いていながら敢えて知らない振りをしている可能性の方が高いが――兄の方は相変わらず尻尾を手の内で弄りながら耳元でくつくつと愉快そうに笑っていて。しかし突如それを阻止するかのような鈍い音と、兄猫が息を詰める音が響いた。恐らくその原因であろうもう一匹の存在を見上げれば、先程までと打って変わって不機嫌そうな顔をしている。

「……ブルーノ、」
「いい加減にしてよ兄さん」

 兄に渡すまいとするかのように、身体に回された弟の腕に力が篭る。どうやら先の鈍い音は彼が兄の頭を叩いたことによるもののようだ。
 ゆらゆらと尻尾を揺らして明らかに怒った表情のブルーノに、若しかして兄を止めてくれるのだろうかと淡い期待を抱く――が。

「お前はそっちで楽しんでいるだろう」
「だって、尻尾……!」
「尻尾がどうした」
「僕も遊星の尻尾触りたい! 兄さんばっかりずるいよ!」

 続いた言葉にがくりと項垂れた。止めてくれるのではなかったか……そう落胆すると同時に嫌な予感――ずるい、とは、つまりどういうことか。
 そう不安に思う己を他所に、頭上では何やら不穏な会話が繰り広げられていた。耳を貸せだのその手があっただの、微かに聞こえる言葉の端々に感じる企みの気配に思わず身構える。

「遊星っ」
「遊星」
「な、なん……?」

 そうしている間に双子間の秘密の相談は終わったようだ。異なるトーンで同時に呼ばれた名前は、しかしどちらも楽しげに弾んでいて嫌な予感しか伝わってこない。視線だけを向け恐る恐る応えて返せば、少し上から見下ろす二匹はそれぞれの性格がよく出た表情でにこりと、笑って。

「――ッひ……!!?」

 僅かな一瞬、それはまるで電撃に貫かれたかのようだった。己の両耳と尻尾を襲ったそれに身体中が引き攣る。左耳は弟のブルーノ、右耳は兄のブルーノそれぞれの牙にかかり、空いた二つの片手に尻尾を同時に握られて、溢れる悲鳴を止めるなんて不可能だった。咄嗟に、自分を抱く腕にしがみつく。

「ひあ、ぁ、なに、っ?」
「ふふ、遊星かわいい……尻尾、弱いんだね」
「や、っしゃべ、るなぁ……!」

 揉みしだくような手付きで先端をいじられびくびくと身体が跳ねる。耳にかかる吐息も震えを呼ぶ要因となって、それを免れようと顔を背けても二匹は執拗に己の耳を追ってきた。噛まれ、舐められ、口付けられて、その合間に聞こえる二つの吐息に鼓膜まで侵される気さえする。二つの手で攻められる尻尾は、先から付け根まで余すところなく触られてしまい。

「だめ、だめだ、っや、や……!」
「遊星、遊星、いいにおいがする……」
「そうだな、オイルと鉄と……それから君自身の。私たちの好きなにおいだ」
「っにゃ、ぁあ、あ……! ッぶる、ブルー、ノ……!」

 ふるふると首を振って抵抗するも尻尾をいじめる手は離れてくれない。耳を解放されたかと思えば首筋を吸われ、髪に埋められた鼻先がくんと己の匂いを嗅ぐのも獣の聴覚は敏感に拾って自分の首を絞める。じわりと滲んだ涙が視界を曇らせ、短く吐く息と共に零れるのは高い声。
 こんなのおかしい、どうにかなってしまいそうだ。湧き上がるこの熱が、この感覚が一体何なのか、二匹の猫から与えられるそれに浮かされきった思考回路では最早考えることも出来なくて。

「もっとしてもいい……? 絶対きもちいいから、ね?」
「うあ、あ……っ」
「ふ、……この程度では足りないだろう? 遊星……」

 注ぎ込まれる甘い低音に両耳が震える。支えを求めてしがみついた手にぎゅっと力を篭めれば、双子の猫はくすりと笑って、より強く抱き締めてくれた。
 ゆらりと視界に映った二本の尻尾は、こちらを誘うように、揺れて。

 ――ああ、もう、にげられない。