危険思考(診断お題:ナイフを持ってることはひみつ/クロ遊)
恋仲なんて甘い響きのするような関係じゃない。それは十分理解していたし、何よりも今の関係がとても大切だった。幼馴染みでかけがえのない親友、それだけで満足していた。
少しずつ乖離し始めたのはいつからだったか。いつの間にか彼の周りにはたくさんの人間が集まり、閉塞感の中にあった小さな関係はそれらを巻き込み大きくなった。それでも自分の立ち位置は変わらない。言い換えれば前進もしなかった。
不動の親友。それが俺と遊星の関係。
階段の踊り場から半地下のガレージを覗き見る。向かい側の壁際に置かれたデスクには二人の人間が座っていて、時々会話を挟みながら黙々と作業を続けていた。片方は遊星、もう片方は居候の青年だ。その青年が隣を向いて何かしらを口にすると、遊星は仄かに笑みを浮かべて応える。上にいるこちらの様子には気付かない。
(あーあ……随分とまあ、楽しそうにしてんな)
手摺に身を預けてじっと見つめていると、暫くして学校帰りの子供たちと少女が現れる。俄に騒がしくなったガレージは子供特有の笑顔と楽しそうな声に包まれた。遊星は子供たちにわいわいと群がられ、デュエルをせがまれて苦笑している。その輪の中に少女が控え目に入ってきて、抱えた教科書を指して勉強を教えて欲しいと頼んでいる。いつもの光景だ。さして珍しくもなんともない、至って変わらぬ、普段どおりの光景。
「――何をしているんだお前は」
「あ?」
不意に声がかかり振り向けば、上の階からもう一人の幼馴染みが現れた。ブーツの踵を疳高く鳴らして降りてくる彼にガレージの人間も気付く。勿論、自分が踊り場にいたことにも。当然向けられる、クロウもおいでよという声に、片手をひらひら振って適当に返事をした。
「混ざりにいかないのか。珍しい」
「ああ? あー……まあ、たまにはな」
我ながらやる気の無い声だ。幼馴染みが不審そうに眉を顰める気配がする。尚も下からは来ないの、遊ぼうよ、と子供たちの無邪気な声が浴びせられるが、どうにもそんな気分ではない。
ちらりと視線を遣れば、こちらを見上げる遊星が不思議そうな顔をしていた。星を浮かべる青い双眸。幼い頃から変わらない美しい瞳。ガレージを眺めている間に考えていたのは、誰にでも平等に向けられるあの輝きを己だけに向けさせる方法だった。何も難しいことはない。全部消してしまえばいいのだ。彼が見るものをすべて。彼の瞳に写るものをすべて。
それは至極簡単だった――馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「あれを独り占めしたいなんて誰も思ってねーよ」
「……クロウ?」
「おめーもたまにはガキどもと遊んでやれよな、ジャック」
踵を返して、ジャックが先程降りてきた階段を逆に登っていく。ガレージの面々には仕事があるんだといつもの調子で投げ掛けて納得させた。こちらが見えなくなるまで背中に怪訝な視線が刺さる感覚がしたが、さして意に介すほどのものではないだろう。
異変に気付いたところで、その真意には気付きようもない。――この危険な思考は、俺だけが知る秘密なのだから。