ご主人様と犬
待て、と。遊星から告げられた短い言葉は、絶大な威力を持つ明確な“命令”だった。ここ最近彼に触れていない僕はすっかり遊星不足になっていて、さわらせてほしくてお願いをしてみたのが暫く前。僕の必死の訴えに、遊星は驚きながらも少し恥ずかしそうにして了承してくれた。が、嬉々として飛び付こうとした僕は遊星の次の言葉によってその場に磔にされる。――『やることがあるからもう少し待て』。それは、生殺し以外のなにものでもない命令だった。
それでも待てと言われて大人しく待つ僕は我ながら本当に忠犬だ。大好きなご主人様こと遊星は、現在愛用のパソコンと向き合っている。カタカタ軽快なタイプ音だけが響く中、僕の視線の先には何も言わない細い背中。今すぐにでも飛び付いて抱き締めたかった。僕より細くて小さい遊星は、抱き締めるとまるでそのために僕がいるのではないかと思うくらいすっぽりと腕に収まってしまう。それが僕はたまらなく好きで、時間さえあればずっとそうしていたいくらいだった。そうして遊星のいろんなところに――彼が好きな場所にたくさん触れて、彼を気持ちよくしてあげたい。遊星と一緒に気持ちよくなりたい……そう考えるだけで僕の下半身はすっかり昂って、張り詰めた性器はジーンズの布地を押し上げてしまっていた。
遊星にさわりたい。ごはんはきちんと食べているのに飢えて飢えて仕方がない。食欲と性欲は別物だけど同じようなもので、不足すればした分だけ身体がそれを求めて、そのうちどちらで飢えているのかわからなくなってしまう。欲求に脳髄が支配されて麻痺したようにそれしか考えられなくなると理性で制御するのは至難の技だけれど、僕は遊星のやることが終わるまで大人しく待つのだ。遊星の言いつけだからきちんと守る。守らないとまたお預けされてしまうかもしれない。遊星。大好きな遊星。遊星にさわれないなんて、そんなことになったら僕はきっと狂ってしまう!
「――ブルーノ?」
「!!!」
突然耳に飛び込んで来た声に、ひとりで悶々としていた僕は思い切り驚いてしまった。全身が飛び跳ねた勢いでそのまま顔を上げれば、いつの間にかこんなに傍まで来ていたのだろう遊星の顔がある。綺麗な青い双眸はいつ見ても宝石のようだ。遊星は挙動不審な僕の様子を心配して大丈夫かと声をかけてくれたけれども、僕の頭は別のことでいっぱいで全く聞いていなかった。――ついさっきまで“やること”をやっていた遊星が、ここにいる。
「ゆ、遊星、」
「どうした?」
「その、……終わった、の……?」
「ああ。もういいぞ」
だから部屋に――そう続けようとした遊星を、僕はその場で押し倒してしまった。のしかかる時にぎょっとする遊星の顔が見えたが気にしていられない。ああだめだごめんよ遊星僕もう我慢できないんだ。枷も制御も失った衝動が暴走する。ぶつけるように唇を重ね、遊星のやわらかな口腔を貪った。熱い舌をぐちゅぐちゅと絡ませ、あふれた唾液を吸い上げる。しかしそれが続いたのはほんの数秒で、性急な口づけに呼吸を乱した遊星に引き剥がされてしまった。
「ッふ、……っ、遊星、ッ」
「っは……!っ、ブルーノ、おい!」
制止の声を振り切り、邪魔とばかりに遊星の着ているタンクトップを鎖骨の辺りまで一気にたくしあげる。露になった胸にある両の頂は少しだけ立ち上がりまるで誘っているようで、僕は一切迷うことなく片方の乳首にかぶりついた。びくん、と遊星の身体が跳ねる。勝手知ったるなんとやら、遊星がここを噛まれることに弱いのは重々すぎるほどに知っている。
「ブル……っ、待ってくれ、そんな……」
「遊星、遊星、すき、っ、遊星ぇっ」
「っ、わかった、から、がっつくな……ッあ、は、っ……!」
喉から抜けるような遊星の声は、ずくりと腰を疼かせる甘さを帯びていた。僕の涎でべとべとになった胸をしつこく弄り、疾うに昂りきった股間を遊星に押し付けて腰を振る。本当に犬みたいだ。もう殆んど意味を成さない理性がそんなことを呟くけれど、僕の頭はもう、ひとつのことでいっぱいだった。キスをされ、胸をいじられて、太股や足の間に僕の怒張を感じる遊星は快楽にとろけた顔をしている。ああ、かわいい。遊星。僕の大好きな遊星。僕は君と、一緒に気持ちよくなりたいんだ――……