エンゲージ・スティミュレーター
回転数を落としていくエンジンに混ざる異音。後部から煙を噴き上げ、急激に速度を失い後退していく。決闘による強い衝撃を受け、永い時を共に戦ってきた愛機はもう限界だった。光さえも抜け出せない暗闇に呑まれた時からわかっていたことだが、ここを抜け出す手助けが己の最後の仕事だろうと、そう悟るのに時間は要らなかった。
デルタ・イーグルのリミッターを解放し、悲鳴を上げるエンジンに鞭打って真紅の機体の真後ろにつける。平均的な規格のそれは共にいた他の機体のように特別突出した能力は持たないものの、それでも必要なスピードが出せるよう己の手によって調整済みだ。振り返る彼はこちらを慣れ親しんだ名前で呼ぶ。声音を僅かに震わせて、暗闇でも透き通る星空の瞳が不安を訴えていた。背後から迫る暗い昏い晦冥は、己と彼を喰らおうと引き込む力を強くしていく。もう、時間がない。
赤い機体に包まれながら夜空を纏う彼。ずっとその姿を追っていた。ずっと昔から、初めて彼を知った時から憧れを抱いて、叶わない願いをいくつも思い浮かべたものだった。それが叶ったのは何かの因果なのだろうか。共に過ごして並べた肩の細さに驚いた。強く気高い彼が誰よりも弱く果敢ない部分を持っていることを知った。そんな彼を守りたいと、彼の力になりたいと。己は確かにそう、思ったのだ。
言っただろう遊星。ここは終点ではない、通過点だ。まだ何も終わっていない。君はここで終わるべき存在ではない。光さえも超える速さを手に入れて、きっと、必ず己の最後の願いを叶えてくれると信じている。己が教えた流れ星に込めた想いは、終わりを知らず何処までも疾駆し続けてくれる筈だ。……そうだ、ここは終わりじゃない。終わらないんだ。君も、世界も、僕たちの絆も――そう言ったのは遊星じゃないか。
ブルーノという、彼の仲間としての名前で呼んでくれることが嬉しかった。彼を信じると、彼の敵として立ちはだかることを決めた時に、二度と呼ばれることはないだろうと諦めた名前を。泣きそうな声で叫ぶ彼を、もう一度抱き締めることは叶わないけれども。
――奇跡を起こす君へ。
約束しよう。僕は、君の力になることを。