「好きだ」「僕も好きだよ」(ブル遊)





 ピリリリ、と素っ気ない着信音が午後の静かなガレージに響く。突然のそれに集中を打ち切られたブルーノは打鍵の手を止め、音の発生源へと目を向けた。デスクから少し離れた場所で、置き忘れた携帯端末が鳴っている。
 本日ポッポタイムを借り受けている三人の住人は各々出掛けており、残っているのは居候のブルーノのみだった。留守番をしつつエンジンプログラムの調整に勤しんでいたのだが、集中していて他のことがすっかり蔑ろになっている。これでは留守番失格だと思いつつ、ブルーノは端末を取りに立った。
 着信は電話ではなくメールだったらしい。気付けば着信音は鳴り止んでいて、立体映像の小さなモニターが起動している。そこにはメールのタイトルと送信者の名前が表示される仕様だったが、見慣れた四文字が浮かんでいるのを見てブルーノは首を傾げた。
(遊星?)
 メールは現在仕事中の筈の遊星からのものだった。不思議に思いながら、手に取った端末をまじまじと見つめる。彼は修理業の依頼で昼から出掛けており、帰りは夕方頃と聞いていた。休憩中、なのだろうか。未開封のメールから他に得られる情報は無題だということを示す短い英文のみだが、遊星からのメールは常から似たようなもので参考にならない。
 とにかく中を確認しようと、ブルーノはモニター下部にあるメールのマークに触れる。この時間なら夕飯の話か干しっぱなしの洗濯物の心配だろうか。そう考えたブルーノの予想は、あっさりと外れることになった。
「えっ……?」
 メールを開いて飛び込んできた画面にどきりとして言葉を失う。目にした本文は、付随する各種情報よりもっと少なかった。薄青いモニターに映る白い文字。何万ものデータ量を打ち込めるそこには、たった6バイトの一言が表示されている。
「ゆ、遊星……? ど、どうしたんだろ、こんなメール珍しいな……」
 動揺して独り言が思わず声に出てしまった。モニターに反射するブルーノの顔は表情筋がいろんなものに引きつって最高に変な顔になっている。震える指先でタッチパネルの操作を何度も間違えながら、急にどうしたのとだけ打ち込んで手早く返信した。心臓はどきどきとうるさく鳴りっぱなしだ。
 緊張から滲んだ手汗で濡れてしまった端末をTシャツの裾で拭って、漸くといったように一息つく。もしもこれがメールでの遣り取りでなかったら、ブルーノはこの上なく慌ててしまって話にならなかっただろう。そのくらいの衝撃だったのだ。
 しかしその安息も長くはもたない。何故なら先程送ったメールにも返信が来る筈だからである。ピリリリ、と再び甲高く響いた着信音に、ブルーノは盛大に驚いて端末を取り落としそうになった。この音心臓に悪いから変更しようなどと、俄に考えながら届いたメールを開く。今度の本文は先程よりももう少しだけ長い。しかし見た瞬間から顔に集まる熱のせいで言葉にすることも出来なくなってしまった。
(言いたくなったから、って……不意討ちは卑怯だよ遊星)
 日に一度くらいの頻度で言い合っている言葉の筈なのに、伝達手段が異なるだけでこんなに違うものだろうか。遊星の方からというのもあるが、何気無く口にしているたった三文字、それだけでこれだけの力があるなんて普通は考えもしないことだ。
 ひとつ前のメールに戻り、今来たメールを再度表示してブルーノはその威力を噛み締める。彼はどんな顔をしてどんなことを思いながらこのメールを送ったのだろう。これから返すメールに彼はどんな顔をするのだろう。想像するだけで、胸の高鳴りは加速していく。
「メールも、悪くないなあ……」
 返信用のウィンドウを出しながらブルーノはひとり呟く。入力した言葉は、残りの文字数を12バイトだけ減らした。