恋人にちょっと近付いたくらいのなんかそういう(ブル遊)





 薄く明らみ始めたガレージに打鍵の音だけが響いていた。微睡みの中にいたブルーノは、未だ軽快さを失わないその音と朝の匂いに覚醒していく。枕にしていたせいで痺れた腕、放置されスリープ状態の己のパソコン、両肩に不自然な重みと温もり。隣のデスクには黒いタンクトップ姿の遊星がいる。
「遊星……? あ、あれ?」
「おはよう、ブルーノ」
 打鍵音が止まる。身を起こした拍子に肩から滑り落ちたのは遊星のジャケットだった。起き抜けで状況に追いつけずぽかんとするブルーノに遊星がくすりと笑いを零す。どうやらエンジンプログラムの調整作業中に寝てしまい、遊星がジャケットを毛布代わりにかけてくれていたようだった。
「ごめんよ、僕だけ寝ちゃって」
「いや。俺こそ付き合わせてすまない」
「いやいや」
 スリープを解除したモニターに表示されるデジタル時計はそろそろ5時を示す。半地下のガレージの地上一階部分にあたる窓の外はだいぶ明るくなっていた。いつから寝ていたのかは記憶に無いが、恐らく遊星はずっと起きていたのだろう。それを証明するように、零した欠伸に重なるもうひとつの吐息。思わずその方を見れば、欠伸を噛み殺した遊星の目尻に涙が滲んでいる。
「ここまでかな?」
「……ん、そうだな」
 目を擦る遊星の返事を聞いてパソコンの電源を落とす。床に落ちたジャケットを拾い上げ、遊星の作業の終了を待つ間、未だ睡魔の残る頭は何となしに浮かんだ問いかけをするりと口から滑らせた。
「一緒に寝る?」
 眠そうな青い目が僅かに見開かれる。ああしまった、と思うが既に遅い。緩くなった自制はあっさりと箍を外してしまっていた。驚く遊星との間に暫しの沈黙が降りる。徹夜明けの仮眠を共に過ごすのは初めてではない。しかしもし断られた際にはどう言い訳をしようかと考えるしかできないブルーノの思考を遮って、ふっと目元を和らげ遊星が答える。
「なら俺の部屋だな」
「えっ、……いいの?」
「ソファで二人はきついだろう」
 ふふ、と微笑む遊星は普段よりも少しばかり楽しそうに見えた。その様子にほっと胸を撫で下ろし、同時に承諾の喜びにブルーノも笑う。二人揃って階段を上り、ブルーノの寝床を兼ねたリビングを抜け、梯子を昇り屋根裏へ。シャワーは仮眠を済ませた後でいいだろう。辛うじて睡魔に抗っている遊星を見てブルーノはそんなことを思う。諸々は捨て置いて、とにかく今は二人一緒の毛布にくるまって眠る。徹夜作業に対するご褒美の時間だった。
「……あのさ、遊星」
「ん?」
「徹夜はよくないけど、そのあと一緒に眠れるなら悪くないと思うんだ」
「そうか?」
「うん、そう」