counter trick!(ブル遊)





 黒髪の間に猫の耳。すらりと伸びる黒い尻尾。似合いすぎるくらいのそれを見た時に思ったのだ。黒猫さん黒猫さん、お菓子をくれなきゃ悪戯してしまいますよ、と。
「トリックオアトリート、だ」
 決まり文句を口にしたのは己ではなく、己を見下ろす黒猫――もとい、黒猫の格好をした遊星の方だった。己は何故だかリビングのソファに押し倒され天井を仰いでいる。目の前には遊星の顔。突然のことにこちらは間抜けな疑問符を浮かべるしか出来ない。
「えっ、あの」
「お菓子をくれないと悪戯するぞ、ブルーノ」
 己へのしかかる遊星は挑発的な笑みを投げかけてくる。美しいサファイアの瞳は油断ならない光を湛えて、まるで獲物を狩る肉食獣のようだ。見つめあったままの視線に居たたまれなくなって目を逸らす。どうしてこんなことになっているんだ。浮かんだ疑問を何とか整理しようとする。こちらはつい先程まで、ハロウィンはいいなあ眼福だなあとか些かよこしまな感想を抱きつつ、あわよくば悪戯に持ち込めないかと彼がお菓子を持っていないタイミングで声をかけようと画策していたのに。今はどうだ、これはもしかして貞操の危機というやつなのではないか? 菓子は? 押し倒されたまま上着のポケットを漁る。無い。こんな時にもあるものといえば、相変わらず工具ばかりだ。
 そろりと視線を戻すと返答を待つ青の双眸。かわいい黒猫とはいえやはりそこは肉食獣だ。食べられそうな空気をひしひしと感じ、ごくりと喉が鳴った。これは、答えないわけにはいかない。
「も、持ってない、です」
「そうか」
 張りつめていた遊星の視線がふっと和らぐ。しかしそれは菓子がないことへの落胆ではない。既に悪戯を成功させたような、どこか達成感を感じさせる表情。ああこれはまずい、と、そう思うにはあまりにも遅すぎた。
「じゃあ、悪戯だな」
 稀に見る極上の微笑み。そう言い放った遊星の顔は、この後起こるであろうことへの期待を浮かべ、この上なく、楽しそうだった。