始まりは朝食から(ブル遊)
鍋の牛乳がふつふつと煮立ち始めたのを確認して火を止める。ほのかに漂うバニラの香りは隠し味だ。隣のフライパンはそろそろ目玉焼きが焼ける頃で、いい具合に焼き色のついたベーコンとソーセージも一緒に出来上がる予定だ。ランチマットなどという洒落たものはなく、皿はすべてテーブル上に直置きにする。瑞々しい野菜にクルトンを散らせたサラダ、こんがりときつね色に焼けた面で黄金のバターがとろけるトースト。そこへフライパンの中身を皿に盛り付けて追加し、ホットミルクを注いだマグも合わせれば、完璧な朝食の出来上がりだった。ちなみに、昨夜こっそり仕込んだデザートは、まだ冷蔵庫の中にしまってある。
窓から差し込む陽射しはすっかり昇り切ってやや南から。時刻は午前10時30分。用意した遅めの朝食は、二人分だ。
「そろそろ起きたかなあ」
鍋を片付けながら、ブルーノはキッチン横にある梯子を見遣る。その先の屋根裏に人気はなく、しんと静まり返っていた。同居人のうち二人は既に外出してしまい、家に残っているのはブルーノともう一人、遊星だけだ。機械弄りに感けた夜更かし後の彼らの朝は総じて遅く、今日はブルーノが朝食の準備を始めても、遊星はなかなかリビングに姿を現さない。修理屋の仕事は入っていない筈なのでゆっくり寝ていても構わないのだが、あまり遅いと折角の朝食が冷めることになってしまう。
呼びに行こうか。濡れた手をタオルで拭いながらそう思ったブルーノの耳に、微かに扉の開く音が届いた。それから床板の軋む音。徐々に近付いてくるそれにブルーノは思わず笑みを浮かべる。
「おはよう、遊星」
「ブルーノ」
梯子の上から顔を覗かせた遊星は、まだどこか眠たげな表情を浮かべていた。彼はブルーノの姿と準備の整った食卓を見留めて、梯子を伝いリビングへ降りてくる。タンクトップの上にいつものジャケットはない。休日の装いだ。
「すまない、寝過ごした」
「いやいや、お疲れだったからね」
昨夜の作業風景、半分寝ているような状態だった遊星を思い出して苦笑する。それ故エンジンプログラムの調整は中途半端なところで中断しており、朝食を摂った後に再開するつもりだった。ブルーノはそれを楽しみにしている。今日は二人でゆっくりと過ごすのだ。
テーブルに着き、美味しそうだ、と呟く遊星。同じくその向かいに座ったブルーノはぱあと顔を明るくさせる。それを見て遊星も微笑んだ。
「いただきます」
「いただきます!」
ホットミルクから白い湯気がほわりと立ち上る。一日の始まりを告げる、少し遅めの朝食だった。