ジャックはオイルの匂いをひどく嫌う。
確かに奴には潔癖性の気が有る。故に本来なら臭いと表記すべきその、油と鉄と――このサテライトそのもののようなそれを嫌うのは無理もない。けれどもサテライトに住んでいる限り此処の空気とイコールで結ばれるそれと縁を切ることなど出来る筈がなく、特に空気の悪い日など奴は一日中苛々しているようだった。尤も奴の機嫌が好い日と悪い日では、後者の方が圧倒的に多いのだが。
そんなジャックの比較的近くで過ごす己には、機械弄りで使うオイルの匂いが染み付いていた。服にも、ジャケットにも、愛用のグローブにも、己の髪にも身体にも。鉄臭さを漂わせるそれはまるで身体の一部であるように染み付いて、最早自分では判らない程に。――だがそれもジャックは嫌いなのだろう、機械弄りの最中や後は滅多に寄って来ないし、触れてくる中でも時々指摘され叱られることがあった。
だから今日だってそうなるのではないかと、思っていたのに。
「…油臭いだろ」
ソファの上、抱き込まれた腕の中で相手の様子を窺うように呟いてみる。何時もなら作業中の己の横を若干顔を顰めて通り過ぎるだけのジャックに後ろから突然抱き締められて妨害され、そのままずるずると引き摺るようにソファまで連れて来られてしまった(運ばれた、の方が正しいかも知れない)。
一体何をするのかと思えばジャックはただ此方を抱き締め、何時もは煩い程に喋る口を閉じたまま不自然に跳ねる髪へと顔を埋めてくるだけで。何処か何時もと異なるその様子に、此方も思うように抵抗することが出来ず大人しく抱き込まれているのだが。
「…ジャック、どうしたんだ」
「……」
「…作業してたから、きたないぞ」
行動の理由を訊ねても、彼の象徴の一つとも言える真白のコートに汚れがつくことを示唆しても返されるのは無言の沈黙。ジャックから発せられる音といえば、耳の近くで聞こえる静かな呼吸の音だけで。
何時も以上の静寂が、世界を支配する。
「…忌々しい」
「?」
唐突に、髪に埋められた唇が何事か呟いた。何をと問い掛けようとするが、見向こうとした身体は更に抑え込むように抱き締められてそれは叶わず。
そうして続いたのは、やはり身に染み付いたそれへの、不満。
「お前の匂いが消える」
油に喧嘩売るジャック