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口唇の行き先(ジャ遊)/melting point(ジャ遊)/predator's eyes(ジャック×遊星)/ただ、一緒に(ジャ←遊)/その眼は、瞳は、(京遊)

















口唇の行き先








 ひとつめのキスは指先に。ふたつめは手の甲に。みっつめは額に。
 ちゅ、と軽く音を立てて触れる唇は、次は何処に落とされるだろうか。動作がやけに恭しくて焦れったい。

「…ジャック、」
「ん?」

 呼び掛けに離れた身体を、首に腕を回して引き寄せる。金色の後ろ髪に指を絡め、綺麗なアメジストの瞳をじっと見つめれば言わんとすることが伝わったのか、ふっと悪戯めいた笑みを返されて。

「――欲しいならそう言えばいいものを」

 鼻先を掠めた唇が、漸く自分のそれと重なった。
























melting point






 何時間続いているのかもわからない機械弄りの手を強引に掴む。この冬場に手袋もせず熱を持たない鋼と戯れていたそれはひどく冷えきっていた。

「…馬鹿かお前は」

 呆れて呟くが、よくわかっていないらしい遊星からは疑問符が返ってくる。思わず吐いた溜息が白く濁る程寒いというのに、当人には全く自覚がないようだ。
 細かい傷と油まみれの指先をぎゅっと握り締めてやる。途端、遊星は寒さを自覚したかのようにぶるりと身を震わせた。漸く零れた寒いという呟きにも呆れざるを得ない。
 しかしそんな己を余所に、掴んだ手にこれもまた冷たいもう一方の手が重ねられて。

「あったかい」
「…お前が冷たいんだ」

 触れ合ったところから、温もりがとけるように混ざりあう。
























predator's eyes






 細められた双眸が、変わる。ほんの少しの変化は、それでも雰囲気を一変させるには十分だった。口元は相変わらず弧を描いたまま、見下ろす双眸は愉悦を浮かべて。その僅かな、しかし確かな変化に遊星はびくりと身を硬直させた。
 ジャックの眼は捕食者の瞳だ。紫の輝きの中に欲望を滲ませ、視線だけで獲物を怯えさせ動けなくさせる。それは彼の武器であり、遊星からすれば凶器であると言えた。
 じっと遊星を見つめる視線に縛られ、動くことができない。

「――本当に、だぁめだなァ…お前は」
「っ、何…っん、ぅ、」

 唐突にそんなことを言って、遊星が反応し切る前にジャックは視線を外すことなく唇を重ねてきた。逃げられない遊星の、焦点が合わない程近くに、紫色のあの眼がある。
 口づけの間も自分を捕らえ続ける瞳に、遊星は何時か本当に喰われてしまうのではないかと錯覚した。
























ただ、一緒に






 引き留めなかったことを後悔はしていない。あれは彼の選択で、自分に止める権利などなかった。
 けれども、気付くのはいつも取り返しがつかなくなってから。

 ソファの上で薄い毛布に包まれながら、胸に溜まった息を吐き出す。横たえた身体は自分の体温を以てしても全然あたたまらない。ぎゅっと、毛布ごと自身を抱き締め、隙間を埋めるように身体を丸めても、何処からか冷たい夜風が吹き込んでくるようだった。

(……ジャック、)

 今はいない幼馴染みの体温が恋しい。あの白い肌は低体温そうに見えて、その実自分よりあたたかかった。何時からあんなに体格差がついてしまったのか、逞しい腕に抱き締められ、厚い胸板へ頬を寄せると、自分を包み込む温もりにひどく安心出来た。
 寒いから、と、そんな他愛もない理由で身を寄せ抱き締めあった、あの体温が忘れられない。わけあった体温が今は自分のものしか、ない。

 ひとりは、こんなにも寒い。
























その眼は、瞳は、






 闇ばかりの天井に、ぽっかりと開くまあるい空。
 地上よりも下、暗い穴の底に聳え立つ負の遺産・旧モーメント。それを背にして腰を降ろし、微かに地上の明かりが降り注いでくる天井を見上げながら、鬼柳は膝の間に座らせた人物の髪を梳く。
 生憎と天気は優れないようで、工場の排気やガスで普段から霞む空はどんよりと濁っていた。ただ月は出ているのか、厚い雲の隙間から少しだけ、ほんの僅かだけ光が零れ落ちている。しかしこの雲行きではそれも直に見えなくなってしまうだろう。

「…ほぅら、見てみろ遊星」

 己に凭れ掛かる青年に、鬼柳は白い指先を天へ向け丸く切り取られた空を示す。しかし青年――遊星は俯いていた頭をのろのろと少し上げただけで。鬼柳は遊星の黒髪を梳いていた手をするりと滑らせ喉元へ運び、動こうとしない遊星の顎を掴んで手荒く上向かせた。
 虚ろに開かれた瞳が、漸く鬼柳と同じものを見上げる。その様子を鬼柳は目を細めて満足げに見遣り、にんまりと口元に笑みを刻んだ。

「――おまえの眼と一緒だ。…なァ、遊星…?」

 澱んだ夜空に、星は既に無く。