「――遊星」

 落ち着いた、艶のある声音が呼ぶ。微かに吐息を含んだような、静かで、けれどもよく響く声だった。
 すらりと伸びる美しい脚は優雅に組まれ、上腕まである黒い手袋に覆われた手を膝の上に置いて。直ぐ目の前、椅子の上ですっと細められる猫のような琥珀色の眼を、遊星は見上げた。

「…アキ…」

 見上げた。そう、常であれば彼女よりも少し背が高い筈の遊星は、彼女が椅子に腰を掛けているにも拘らず見上げることしか出来なかった。
 彼女の背後には黒い薔薇――ブラック・ローズ・ドラゴンが主の傍に控えるようにして存在している。そこから伸ばされた蔓が腕を、脚を、首を拘束して。今の遊星には彼女の前に膝を折り、ただ無様に彼女を見上げることしか出来ないのだ。薔薇の棘は遊星の腕に脚に首に喰い込み膚を傷付ける。自由を奪われ与えられる痛みに、遊星は青玉のような瞳を歪ませた。
 そんな遊星を見下ろすアキは妖艶な微笑みを湛えて、形の良い唇を開く。

「良い格好…、…どうしてほしいかは、自分で言って?」
「っ…、」

 くい、と彼女の組んだ方の脚、真紅の靴先が遊星の顎を持ち上げる。その拍子に荊が喉を傷付け、つう、と皮膚を血が伝うのがわかった。抵抗しようにも身体の自由は封じられていて、感じるのは屈辱――その筈なのに。

「ねえ、遊星」

 どうして欲しいの?
 呼ばれる声に、問い掛ける声にぞくりと背が粟立つ。戦慄にも似たそれは彼女を畏れているのか、――否。

「――……手、を、」

 口唇が震えて上手く言葉を紡げない。半分以上吐息だったのではないかと思う程掠れた声で絞り出すように言えば、彼女はゆったりと機嫌の良い笑みを浮かべた。
 言い知れない感覚がぞくぞくと背を走る。懇願するような思いで彼女を見つめれば、ゆっくりと、焦らすように細い右手が目の前へと伸ばされた。同時に身を拘束していた荊がするすると離れていく。遊星は自由になった脚を引き摺って傍へ寄り、解放された傷だらけの手で彼女の手を取った。
 淀んだ青い瞳がゆっくりと伏せられるのを、アキは目を細めて見つめる。彼女の前に跪いた遊星は、まるで操られるかのような衝動に従い、差し出されたその甲にそっと口づけた。
























アキ様になら踏まれてもいい