寒いので












 その日の夜はとても寒かった。きんと冷たい自室の空気が毛布越しにも震えを運んでくる。寒い。声に出したのかも曖昧な意識の中で呟いて身体を丸める。寒い、さむい。十分な寝床と毛布があるのに、震える身体は一向に温まる気配を見せなかった。
 ああ、俺はこのまま凍死でもするんじゃないだろうか……そうぼんやりと思い始めたその時、コン、とノックの音が微かに響く。一回鳴ったそれに続いて軽く二回。計三回のノックの後、ごく僅かなラッチ音と共にそっと扉が開かれた。
 静まり返った自室に、衣擦れの音や足音を忍ばせ誰かが侵入してくる。否、それが誰であるかはもう判っていた。あの三回のノックがそれを教えてくれたのである。彼はベッドのすぐ傍――丁度背後でしゃがむと、毛布に埋もれて震える此方にその大きな手を伸ばして、ふわりと頭を撫でた。何も言わないその行動に、じわ、と胸があたたかくなる。今すぐに泣きだしてしまいそうな、そんな気分だった。
「……ブルー、ノ」
「……やっぱり起きてたんだね」
 ぎしりと音を立てて声の方へ身体を向ける。冷えた空気に満ちた中、そこにいたのはやはりブルーノだった。
 目を合わせればやわらかな濃灰はふっと微笑んで、もう一度大きな手で髪を掻き混ぜる。空気はこんなにも冷えているというのにブルーノの手はあたたかかった。そのやさしい手付きに、ぎゅっと胸が締め付けられる。
「……どう、して、」
「ん?」
 声まで震わせながら、自分でも何を問うているのかわからないままに訊ねた。ブルーノは一瞬きょとんとした様子で、しかしすぐに少し困ったような笑みを見せると眉間の辺りを指で示す――どうやら自分は無意識に眉根を寄せていたらしい。
「今夜は寒いから、君が凍えていないか心配になって」
 まあ僕も寒かったんだけど。そう告げながら髪を撫でていた手が離れ、ブルーノは着ていた上着を脱ぎ始めた。Tシャツ姿になった彼は脱いだ上着を畳んで、確か椅子の背に引っ掛けただけだった此方のジャケットまでをも丁寧に畳む。それをぼんやりと眺めているうちに支度を終えたらしい。再度傍まで来た彼に、くしゃりと頭を撫でられる。
「いいかな」
「……順番、逆じゃ……?」
「ふふ、そうだね、ごめん」